200店以上が軒を連ねる横浜中華街。その中でも「順海閣」は老舗として知られる
有名どころである。戦後間もなく、小さなお店から始めて、現在は4店を展開。
来年には創業60周年を迎える。本物の素材とそれを最大限に生かす調理法による
「真材実料」のこだわりで、今でもお客さまを魅了し続けている。
ーー来年で創業60周年を迎えられますが、横浜中華街の中でも特に古い歴史を持つ
老舗の一軒として知られています。まずは創業当時についてお聞かせください。
 創業は1945年8月、まさに戦争が終わった直後です。中華街はそれ以前からありましたが、
当然ながらそのころは空襲で辺り一面焼け野原でした。そんな中、ブリキや、トタンなどを
かき集めて小さなお店をつくり、そこで料理を出し始めたのが最初です。ちょうど今の本館が
ある場所と同じです。7、8人も入ればいっぱいになってしまうような小さな店でした。また、
わたしは子供の頃から父母の仕事をいつも横で見ていましたので、今でもメニューを全部
暗記しています。
 当時、お客さまの多くは船員や進駐軍の人たちでした。ですかあ「順海閣」というお店の
名前も、そこからきているのです。順風満帆で、人生の大海に乗り出す者に幸あれと、商売
繁盛の意味をかけて名付けました。
 
ーー現在では、横浜中華街の中でも最も歴史のある老舗の一つとして、本館を含め
4店舗を構えられるまでになっているわけですが、どのようにお店を成長させて
きたのですか?
 初めて支店を出したのが1981年、それから88年に「順海閣新館」「順海閣酒家」の2館を
オープンさせました。さらに93年には本館を建て増ししして、現在では一度に800人近くの
お客さまを収容できる、文字通りの旗艦店となっています。また、土産物専門店が石川町に
あります。このすべてを合わせて、年間の来店客数は約40万人。1日に1100人近くの方に
ご利用いただいている計算になります。8年前にはセントラル・キッチンを本社工場の中に
設け、焼き物、点心、中華菓子をそこで下ごしらえして各店に運んでいます。これによって
一度に多くのお客さまにも十分対応できる環境が整いました。
 
ーー創業者のお父さまであるおじいさまは、横浜崎陽軒の「シウマイ」を考案した
料理人だったことでも有名ですね。
今や横浜の名物と言われるほどの商品ですが・・・
 祖父は崎陽軒の雇われコックでした。あるとき、社長から「何か横浜の名物になるような
中華はできないだろうか?」と相談されて作ったのが、現在、「シウマイ弁当」でもお馴染み
のシウマイだったわけです。崎陽軒ではシュウマイと言わずに「シウマイ」と言うでしょう。
それは当店が広東料理の店であることからも分かると思いますが、祖父も広東出身でなまりが
強く、その発音癖のせいで「シウマイ」となったのです。父から聞いた話では、当時は駅弁
でも全国最高の売り上げを記録したそうです。その技が引き継がれ、シウマイは全国に幅広い
ファンを持つ当店自慢の逸品でもあります。
 
ー一組のお客さまを失うことは十組を失うことにつながる。本当のサービスとは、
誰に対しても同じサービスをするのではなく、お客さまの望むことを見極めて
行うもの。
ーーお客さまへのサービスという点で、従業員の教育やモチベーション維持のため
に常に気をつけていることはどんなことですか?
 従業員には常に「いつも一緒のサービスではいけない。お客さまをみてからサービスを
しなさい」と言っています。最も大事なことはお客さま一人ひとり望んでいることが違うと
いうことです。家族連れならば子どもがお腹をすかせているから少しでも早くお料理を出して
ほしいと思うでしょう。しかし他方、お酒を飲まれている方の場合には、次の料理をあまり
すぐにだしてほしくないと思うこともあるわけです。常にテーブルを見つつ、個々に対して
最も心地よいお食事の時間を提供できるように気を配ることが肝心なのです。
 また「一組のお客さまを失えば、十組を失うことになる」とも話しています。一人の
お客さまの印象が悪ければ必ずその「良くなかった」という感想は口コミで広がっていくもの
です。
 私自身、気を付けているのは、現場に出向いて直接スタッフと話す習慣を欠かさないこと
です。昼の12時から2、3、時間かけて、すべてのお店を回って各店の従業員とその日の話を
する。それがわたしの日課です。
 
ーー最近、お客さまの好みが変わってきたとか、あるいは逆にお店の出す
メニューを以前と変えたとか、そのようなことはありますか?
 昔は宴会といえば座敷でやるものと半ば当たり前のように思われていましたが、最近では
むしろ椅子席を希望されるお客さまの方が多いです。だから横浜中華街でも新しくできる
お店では、座敷をなくしてしまっているところも最近は少なくありません。もうライフ
スタイルがそうなってきたということでしょうね。
 それからメニューについては、当然、人の味覚というものは変わってきていますから新しい
ものを摂り入れていかなければいけません。実際、コックや店員が中国に里帰りをして、店に
戻ってきたときには必ず、今中国ではどんな料理が流行っているかを尋ね、場合によっては
それを実際に作らせて皆で味見をして新商品の参考にしたりします。ただし同時に大切なのは
流行りに振り回されないことです。父が店を始めた時の味を忘れなこと、それが「順海閣」の
原点にあります。
 うまい中華料理を作る秘けつを、先代である父はよく「真材実料」という言葉でわたしに
言って聞かせてくれました。その意味するところは、「材料は本物を用い、それに最適な調理
法をする」ということです。この言葉が好きで、ずっと座右の銘にしています。
 
ーー最後に、今後のお店の発展について、現在の心境をお聞かせください。
 自店のこともそうですが、最近はこの中華街全体の今後のありようについて考えることが
多いです。今年2月にみなとみらい線が開通し、渋谷から横浜中華街まで直通になったことで、
この界隈には新たな活気が生まれています。また、裏通りの本当に狭い路地に小さなお店が
どんどん開店し始めています。以前は自宅だったところをお店にしたような本当に小さな
お店です。ちょうど昔の当店がそうでした。そういう若くて頑張っているお店もあり、一方
ではわれわれのような老舗の味を守る店もあるといった、相乗的な魅力がこの中華街を支えて
いくのではないでしょうか。そうした思いを今あらためて強くしています。